前回の人と交わすのは、”言葉”ではなく”思い”の記事についてもっと掘り下げて考えていきたいです。

「キミとボクは別の生き物」っていうのは、当たり前の事実なんですが、この事を認識していない人間ってかなりたくさんいます。
ベーシックスキルとは、物理法則を正しく認識しよう!っていう啓発と言い換えられるかな。
「自然世界の法則・自然な状態・ありのまま」これを、まず認識して!ってことです。

「キミとボクは別の生き物」を認識していない人がたくさんいるといいましたが、実は青年期に認識していないのは、当たり前だったりします。
なぜ当たり前なのかというと、そもそもヒトは自らと他者の違いを認識できない存在として生まれてくるのです。
ヒトの発生初期は、全ての境界線が曖昧の状態から始まります。
ヒトは母の子宮の中で少しづつ人間の形になっていきますよね。この状態は、意識はあるけれど自分と他人の区別はないでしょう。
ヒトは成長にともなって、徐々に自らと他者には境界が存在しているという事を理解していくのです。
なんでも自分の事をわかってくれていると思っていた母さんも、結局のところ他人で、自分のことは理解してくれなくて、ヒトはそこで一度絶望します。その絶望がいわゆる反抗期です。

高校卒業時期くらいにこの絶望を克服できれば、それは大したものというか”理想”だったりします。
昔は高校卒業=就職が当たり前で、ここまで絶望を卒業していなかったら生きていけなかったのだろうと思います。
今は大学に行くことが半分を超えたので、猶予が出来たのかなぁと思います。大学の事を「モラトリアム(執行猶予)」なんて表現することがありますが、その所以はこの文脈にあります。

思春期に起こる多くの問題は、この認識が不十分であるがゆえに起こります。

「他者は自分を理解してくれる」という前提で思考し行動し、結果 理解してくれないことに苛立ちや絶望を覚え、自分は一人だと感じ、辛さや苦しみを感じる。

その苦しみや辛さから自らを守るために、”誰も理解できない自分”は”孤高”であり選ばれた存在なんだと、”自分を理解できない他者”は愚かであると思い込むようになります。

「自らの意識によって形成された世界に閉じこもってしまう問題」って私は呼称しています。

この問題は人類共通の問題で、故に学問として体系付けられています。また、もっと身近なところだと、アニメや小説などのエンターテイメントという形で表現されたりもしています。けっこう大衆に支持されている作品もありますよ。

TV版エヴァンゲリオンは、この自意識についてエグってくる代表的な作品だと思います。エヴァは学術書よりは売れているので、きっと多くの人にとってわかりやすいし、心打つと思います。

ネットが発達してきて、さまざまな悩みが検索されると説明されていて、国語力のある人間であれば、大抵を自己解決できる世の中に最近はなっていると思います。
私は中学生なのに異常に政治経済時事に詳しかったり、私の哲学ネタも理解していそうな素振りを見せる子を知っていますが、その子はどうなのかな? またそれはそれで、別の悩みがありそうですがね。

自己解決可能なあらゆる問題は、自然世界を、”世界の物理法則”を正しく認識することで解決可能だと私は確信しています。
ベーシックスキルは、私がかつて勘違いしてた”世界の物理法則”を中心に、説明していくカテゴリですね。

こう、哲学というか、概念の説明ばかりしていると「もっとクリティカルな解決方法は無いのか?」と、愚痴が聞こえてきそうです。


キミとボクは別の生き物だ

母親だから、子供だから、友達だから、親友だから、誰かが、わかってくれる そんなのは幻想だ。

夢見すぎだ。この世界はそんなに甘い世界じゃないよ?

だから

伝えようと努力しろ!そして理解しようと努力しろ!

互いの努力ない所に、真の理解は訪れない。

by ohashi